ゲーム

ゲーム

NPC(ノンプレイヤーキャラクター)を操る仕事

僕はゲーマー。職場はオンラインゲームの中だ。

とはいえ、eスポーツのプロゲーマーというわけではなく、ゲームのプレイ動画を配信しているわけでもない。

普通にゲームにログインしプレイヤーとして参加するが、ただ一つ普通と違うのは、ゲーム内に僕が作り出したキャラクターやアバターはもちろん、チャットなどの痕跡も一切ない事だ。

そして操作するのは、一般的にはNPC(ノンプレイヤーキャラクター)と認識されているキャラクターや敵として配置されているモンスターなど。NPCを操作するとは矛盾しているが、通常のプレイヤーからすれば、NPCとしか認識されない状態でゲーム内に存在しているキャラクターを僕が密かに操作するという意味である。

プレイヤーキャラクターのこれまでの選択や属性、パラメーターを参照して、NPCに敵対的であれば戦うシチュエーションがあったとして、プログラミングだけでも十分に歯応えのあるNPCを作る事はできるが、そこを深く作り込んでもゲームの面白さに直結するものではない、しかし難しさも取り入れたいというわけで考えられたのが、僕のような黒子のプレイヤーだ。

プレイヤーキャラクターと敵対的するNPCやモンスターの操作をランダムに割り当てられる。特に、プレイヤーキャラクターのレベルが高い場合は、優先的にその前に配置される。そうする事によって、“攻略法”が分かっているはずのNPCやモンスターの攻略がとたんに難しくなるからだ。

仮に、プレイヤーキャラクターを斃す事ができればボーナスがもらえるが、NPCやモンスターと同レベルのプレイヤーキャラクターが素で戦った場合、(例外はあるが)プレイヤー側の勝率が6割程度に設定されており、プレイヤーキャラクターが高レベルになってアイテムが充実すればするほどより有利になるため、無理して斃しに行く事はせず、プレイヤーキャラクターに深手を負わせて退却させる事を目指すのが、この仕事のセオリーである。

なにしろ、こちらが斃されてしまうと時給、いや“秒給”が発生しない17分の待機時間が発生するため、斃されてしまえば結構な機会損失となる。それに、NPCやモンスターを操作したとしても、そのキャラクターがその時だけ特別な能力を発動するという事はなく、あくまでも能力は通常のNPCやモンスターと変わりない。つまり他のモンスターなどを上手く使い、ポジショニングと操作のみでプレイヤーキャラクターを出し抜かなければならないわけだ。一応、魔法のかかったユニークアイテムを所持している場合もあるが、それはランダムに決定されるため常に期待する事は出来ない。

よって、あくまでも主眼は戦闘にメリハリを付ける事であるため、斃されないためにプレイヤーキャラクターと戦わないという選択肢もない。同一エリア内にプレイヤーキャラクターがいるにも関わらず11分以上戦闘を行わない場合には、7時間の待機というペナルティが科せられる事になる。もちろん、こちら側も救済策?として戦闘からの“退却”はできるが、それはライフが1/3以下にならないと選択できない仕様になっている。

尚、NPCやモンスターの戦闘時の動きから、20人ほどは識別できていて勝手にニックネームを付けているが、実際に何人の人間が黒子として働いているかは不明。

そんななか、僕はある事に気づいた。高難易度のアンバリカ洞窟に出現するアンデットの王であるリッチのFullerは、いつも中の人が同じではないか?という事に。そのため、このFullerだけは僕が勝手に付けたニックネームではなく、リッチに付けてある名前をそのまま拝借している。

確証があるわけではない。NPCやモンスターに扮している時は、他のキャラクターとは一切意思疎通ができないし、オフの時もこの仕事の事は契約によって話題にできないため、誰がこの仕事をしているのかは分からないからだ。そして、僕が常にFullerと同一エリアに配置されるわけではない事も大きい。

それでも、トータル8,753時間の仕事の中で23回はFullerと共闘をした事があり、同じリッチのキャラクターとは明らかに違う動きをしてる。それだけでも中の人がいる事が十分窺えるわけだが、動きそのものが毎回同一人物が操作しているとしか思えないもので、一度も斃された所を見た事がないことからも、同一人物説を固く信じている。

しかし、僕が操作するキャラクターは、ログインする度に毎回ランダムに決定されるが、これは僕が把握している他の黒子20人も同様で、何度か同じキャラクターが割り当てられた事はもちろんあるが、固定のキャラクターを操作している人はいない。

気に入った、あるいはプレイヤーキャラクターを斃せるほど強い“稼げる”キャラクターに割り当てられたときは、斃されない事はもちろんだが、ログアウトをできるだけ遅らせボーナスをせしめる事はできるが、それでも24時間365日常にログインし続け、プレイヤーキャラクターに斃される事もなく、常に戦闘を続けるというとこは不可能だろう。

では、F氏だけはFullerの専従という事だろうか? 8,753時間の中でランダムに23回共闘して、その全てF氏がFullerを操作している確率は? F氏は実在するのだろうか? それとも全て偶然? そもそも僕のFuller=F氏という前提が間違っている?

ある日、僕はとうとう我慢できなくなって、このゲームの攻略などが載っているサイトを見てみようと思った。

契約上、このゲームの通常のプレイヤー側との交流も制限されているため、僕は敢えてこのゲームの情報の類いとは一線を画し、情報サイトさえも避けてきたが、Fullerがプレイヤー側からはどう評されているのか、どうしても見てみたくなったのだ。そこの情報を見れば、僕が“いる”と考えているF氏の事も少しは分かるかもしれないと。

──手がかりは何もなかった。

リッチのFullerというキャラクターの項目を何度読み直しても、特に攻略が難しい敵とはプレイヤー側からは認識されていなかった。僕は再び自問自答した。

可能性で考えていたのは、F氏がAIである事だった。「Fullerだけが特別なAIを実装している」これならば、固定で24時間365日中の人がいても不思議ではない。敵キャラにより人間らしい機知に富んだ嫌らしい攻撃を個々に持たせるために、運営は僕たちの操作を記録し分析している事は分かりきっており、早ければ1年以内に僕たちの仕事はAIに置き換わるだろうと。その導入の先駆けとしてFullerが存在するかもと予想していた。

ところが、Fullerが手強いという前提さえ崩れてしまった。8,753時間の中の23回が偶然だったという事なのか、俄には信じ難いが。

僕は、今にも消えそうな意識の中で必死に考え続けていたが、やがてそれも疲れてきて、手元にあったエナジードリンクも尽きて、缶を手で持つ手にも力が入らず、白濁した沼に身を任せた方が楽だと気づいた。

これはフィクションです