観光地のスナップショット
連続写真の中で1枚だけ気になる
次の講義まで時間があったので、校内のカフェでお茶していると、A子が声を掛けてきた。
A子は18時からイベントがあり、その前に一旦帰宅して着替えてから出かける予定でいたところ、たまたま私を見かけて、このカフェまで追いかけて来たらしい。こちらからは聞いてもいない、A子自身の事情を一方的に話しはじめると、続けてA子は「これ見てよ~」と、私の目の前にスマホを差し出した。
「何? あぁ、この前の旅行の時の。よく撮れてるね」と、当たり障りのない答えをする私。自分で写真を撮るのは好きだが、他人の撮った特にスナップショットには興味がない。それに私が参加していない旅行の写真であれば尚更だ。
それでもA子は、天然を装ったマウントをとりたがりで、既にとったつもりでいるのか、こちらに差し出したスマホの写真をスワイプしながら、周囲には一緒に旅行にいった友人同士が写真を見ているオーラを振りまきつつ、一方的に「旅行の思い出」を語っている。
いつもこうだ。A子は何かと私にかまいたがる。学年が同じというだけで学部もサークルさえも違うのに、(決して自意識過剰なわけではなく)わざわざ私を探し出してまで声を掛けてくる。旅行の件も、出立前どこに行くのか散々私に語っていた。そのくせその旅行に私を誘う事は一切しない。まぁ、A子に誘われても絶っっっ対に行くわけないが。スマホを差し出されただけで、旅行の写真とすぐに分かったのもそのせいである。
と、ここで気になる写真があった。
「あれ、ちょっといい」と、私は思わずA子のスマホに手を添えた。今まで死んだ目でスマホを見ていた私が、いきなり食い付いてきた事に戸惑ったA子は、言葉に詰まった。私はスマホの画面からA子に視線を移すと、改めて断りを入れた。
「この写真を拡大したいんだけど、いい?」
半眼のまま「なんだこいつ!?」といった感じで、曖昧に頷くA子。
私は、A子が支えるスマホに指を置くとピンチアウトし、写真のある部分を拡大した。
向かいにA子が座っていなければ、思わず声を上げたかもしれない人が写っていた。しかしここで驚いてしまっては、A子に根掘り葉掘り聞かれるのは分かっており、そんなことは絶対させるものかと出来るだけ冷静を装い、拡大した写真を元のサイズに戻すと、前後数枚の写真を改めてチェックしスマホから指を離した。
「ごめんごめん、勘違いだったみたい。この人の頭と体型が実家の近所に住むおじさんに似てたから、てっきりその人だと思ったんだけど、よく見たら違った。おじさんの隣りにいる女性は見覚えのない人だったんで、不倫旅行かもってね」
笑いながら、先ほど確認した“ある部分”のさらに奥に写っている50代位のご夫婦(カップル?)を指さして、A子に説明した。
A子が自撮りした写真。A子とその友達3人を写した写真の奥には、観光地であるが故に見ず知らずの観光客が大勢写り込んでいた。その中のひとり、A子に示したおじさん達の手前に写っている20代後半位の女性に私は引っかかりを感じ、思わず拡大したのだ。
その場で撮られた写真は計6枚あり、メインの彼女たち3人はともかく、背景の観光客たちは連続写真となっている。
20代後半くらいの女性は、3枚目までは写真の右から左奥に移動しているだけであったが、4枚目では立ち止まって身体の向きをこちら側、A子たちの方に向けている途中らしく横顔が見て取れた。そして5枚目では完全にカメラに顔も身体も向けており、最後の6枚目は、元の左奥に向かって歩いている姿になっていた。
問題は5枚目の写真。5枚目だけは例の女性の顔が変わっているのだ。
しかし、他の5枚のうち4枚は髪型しか分からないため、横顔が写っている4枚目の写真との比較になるが、客観的に見れば、横顔と正面の顔の違いを差し引いてもかなり似ている。しかも、連続写真になっている事で、そこにいる女性は同一人物という先入観もあり、私の話に耳を傾ける人はまずいないだろう。
だが私からすると、正面向きの顔は紛れもなく4年前に亡くなった従姉妹の顔だった。その女性にピントがきていないので、ややボケたものになってはいるが、被写体深度が深いスマホのスナップショットという事もあり、お姉さんの特長である右目の下泣きぼくろと、頬の2つのほくろで形作られる三角形がきちんと見て取れた。あくまでも私の直感でしかないが、それで充分であった。
お姉さんは、実家同士が近いとこもあり、年の離れた妹のように私を可愛がってくれた。その後、私が小学校高学年くらいになると段々と疎遠になったが、私が高校生1年の時、お姉さんが癌で余命幾ばくも無いという知らせが届くと交流が復活し、それから半年後、今から4年前に彼女は鬼籍に入った。
A子は既にスマホを引っ込め、話題を今夜行くイベントに切り替えてしゃべっている。
私は普段にも増して、A子の話は上の空でお姉さんの事を考えていた。おままごとをして遊んでくれた事、ちょっとした切っ掛けで私が一方的に絶交を宣言して、母親から叱られてすぐに謝りに行った事、一緒にお弁当を作ってピクニックに行った事など色々な思い出が頭を巡った。
やがてお姉さんが闘病生活に入り、苦痛に耐えながら盛んに旅行に行きたいと言い、A子達が今回行った観光地の名前を口にしていた事を思い出したところで、A子がそろそろ時間だからと告げて席を立った。
私は「願いが叶ったのかな」と、感傷に浸りつつ目元に浮かんだ涙をすくうと、A子が去って行く後ろ姿を見送りながら、なる早であの観光地に行く事を決意した。
「それにしても不思議。まぁ、一番不思議なのは、A子がみせる私への執着だけど」と、ややうんざりしつつつぶやいた。
これはフィクションです