自動販売機

自動販売機

周りに何もない場所なのに…

旅先でレンタカーを借りて山道を移動していたところ、ひと休みしようという話になり、こぢんまりした休憩所に乗り入れた。

そこには私たち3人以外の人影はなく、トイレと自動販売機、ゴミ箱以外何もない場所だった。

思っていたよりはまともで清潔感もあるトイレから、駐車しているクルマまで戻ってくると、先にトイレから戻っていた菜穂美が「何飲む? 運転疲れたでしょう。奢るよ」とねぎらってくれた。

私は素直に菜穂美の言葉に甘え、クルマのすぐ目の前にある2台並んだ自動販売機の品目をチェックすると「ありがとう。あの水をお願い。冷たいモノを飲みたい気分」とペットボトルのミネラルウォーターを指さした。

そのタイミングで、もう一人の同乗者の麻里もトイレから戻ってきたので、菜穂美は彼女にも声を掛けた。

すると麻里は「ごめん、さっきコンビニで買ったお茶がまだあるから、大丈夫。それに自販機はNGなんだよね…」と顔を曇らせ答えた。

「自販機がNG!?」と菜穂美と私は思わずハモった。

菜穂美は自動販売機の方に歩き出しながら「自販機NGってどういう意味? 自販機から出てきたモノは飲めないって事? 潔癖症か何か? でも麻里って潔癖症だったけ?」と、軽い感じで麻里に問いかけた。

すると麻里は、こんな話をはじめた。

地方都市の外れにある実家から、さらにクルマで1時間位の所に母方の祖父母の家があり、年が明けると父と母と彼女の親子3人で、新年の挨拶に行くのが慣わしだという。

もちろん、今年も例年どおり祖父母の家を訪れたが、その帰り道、周りに民家もなさそうな場所にポツンとある自動販売機があった。すると父親は、コーヒーがどうしても飲みたくなったらしく、その自動販売機を通り過ぎたもののクルマを停めバックして近くまで戻ってくると、麻里にコーヒーを買ってきてくれと頼んだ。

母親は「もうすぐ家なのに、コーヒーなんていつもは飲まないでしょう」と言ったが、父親の方は「今飲みたい気分なんだ」と言い返し、ちょっとした口論になりかけた。彼女は、正月早々ケンカなんてと思い、母親を制するとコーヒーを買うべくクルマを降りた。

「こんな所にまで自販機があるなんて、採算取れるの?」と不思議に思いつつも、西日が差す自動販売機の前に立ち、小銭を投入すると缶コーヒーのボタンを押した。

何も出てこなかった。

お金が戻ってきた音はしなかったが、念のため釣り銭口を探ってみるも当然のように何もなし。西日で商品ボタンにランプが灯っているか確認し辛かったので、ボタンの所を手で囲むように覆いランプが灯っている事も改めて確認した。

「どういう事」と憮然とし、もう一度ボタンを押して、取り出し口にある透明のフタを開けようと前傾になった所で、母親が麻里の身体を、後ろから引っ張り起こした。

その時、彼女は見たらしい。ほんの一瞬であったが、商品の取り出し口の奥からこちらを睨む憎悪のこもった“眼”を。

「──だから、自販機はNG。たぶん時間が経てば大丈夫だと思うけど。取り敢えず今は気持ち悪くて」と、麻里は語った。

「ええ、ホントに? 眼って、この眼?」と自分の眼を指さす菜穂美。そのまま彼女は自動販売機の方に向き直ると、紅茶のボタンを押しスマホを所定の位置にかざした。ピッという音がして、ガコンという音と共に商品が出てきた。

オカルト的な話などした事のない麻里の真剣な物言いに怖じ気づいて、今の自動販売機の音にも、私はちょっとビクッとした。麻里を見ると、彼女もちょっとビクついている感じがした。

「それって、誰かが悪戯してたんじゃない? 取り出し口に写真とか置いて」と、菜穂美は私たち2人の方を振り向いて、購入したペットボトルの紅茶を手探りで取り出していた。

「そうね、そうかもね。ただ、母は自販機を見たら、凄く嫌な予感がしたらしいよ。口論になりかけた所を私から止められて一旦引いたんだけど、私がクルマを出たらやはり我慢しきれなくなり、母も続けて車外に出ようとしたら、シートベルトがなかなか外れなかったんだって」

私は、麻里の話を聞きながら、さっき菜穂美がこちらを向いて紅茶を取り出したのは、取り出し口を見たくないからなのか、それとも話し相手を見るというマナーを優先したのかなどと、どうでもいい事を考えていた。

続けて麻里は「しかし、普段は飲まないコーヒーを飲みたがった父。でも、そんな事は絶対無いとは言えないし。なかなか外れなかったシートベルトも、普段は母、運転席か助手席で、その時は私が助手席で母は後ろだったから、慣れない所に座っていたからとも言えるし。母の嫌な予感というのは、後出しでいくらでもね」と自分自身で、今度は語った内容の反証をし始めた。

私は思わず「コーヒーはどうしたの?」と訊ねた。

菜穂美は「そこ!?」と笑って、今度は私がリクエストしたミネラルウォーターを買おうと、先に買った紅茶を脇に挟んだ。

「買ってない。本物にしろ悪戯にしろそんな自販機じゃね。それに、母に抱えられてクルマの方を見ると、父もこちらに来ようとしてたけど、母はそれを押し止めてクルマを出すように言い、開けっぱなしになっていたクルマの後ろドアから、私たち2人が雪崩れ込むように乗り込むと、それを合図にクルマは急発進。以降、憑き物がが落ちたように、父はコーヒーのコの字も言わなくなったから」と、麻里が答えてくれた。

再び、ピッという音がして、続いてガコンという音がした。

私は、菜穂美の姿を目で追った。

今度は自動販売機の方を向いたまま前傾姿勢で、商品取り出し口の透明のフタを開ける彼女。と、同時に脇に挟んだペットボトルの紅茶が、鈍い音を立てて落ちた。転がっていくペットボトルの紅茶。

菜穂美は、そのまま動かない──。

これはフィクションです