烏
違和感の正体
最初はちょっとした違和感だった。
もっとも、それは自分自身が歳を取ったせいで、物忘れが酷くなったのだと思うだけ、いや思い込もうとしていた。
ひとり暮らしのアパートの部屋で、確かにそこに置いていたはずのモノがいつの間にか移動している、あるいは無くなっているという状況を、自分以外のモノが部屋に出入りしているせいとは普通は思わないだろう。
しかしある時、体調を崩したため会社を休み、病院に行って昼過ぎに自宅に戻ってみると違和感の正体?原因?が分かった。
“烏”だった。
但し、本物の烏ではない。烏に似た何かだったが、その漆黒の烏に似た得体の知れない何かが、爪切りを嘴と思われる部分に銜えているところに帰ってきたようだった。
互いに固まって動かない時間が一瞬あったが、こちらが動き出すよりも早くその烏は、押し入れの方に消えていった。爪切りだけをその場に残して。
我に返って慌てて靴を脱ぎ、爪切りの所まで這った状態で辿り着き爪切りを右手に持ってしげしげと眺め、次に左側にある押し入れを見た。
“烏”がぶつかっているはずなのに穴も空いていない押し入れの襖を見て、なぜだかちょっと可笑しさを感じていると、いきなり「ドン!」という大きな音がして襖が小刻みにガタガタと揺れ出した。
「地震!?」と思ったと同時に、先程の“烏”が目の前を横切って窓を突き抜けて行くと襖の揺れは収まり、“烏”はそのまま蒼空に消えていった。もちろん、襖と同じように窓ガラスは割れる事はなかった。
ハッキリとした状況も分からず、何故か爪切りを右手に持ったまま恐る恐る押し入れの襖に手をかけて一気に引き開けてみたが、そこはいつもの見慣れた押し入れでしかなく、体調の悪さも忘れて押し入れの中の布団や荷物を取り出し徹底的に調べたが、特に変わったモノは見つけられなかった。
念のため、押し入れに仕舞ってあった4つのガラスの容器を次々に手に持ち語りかけてみたが、特に何の反応もなく、いつものように容器の中に首が浮かんでいるだけだった。
あの“烏”は、白昼夢だったのだろうか。
これはフィクションです