内容が変化する動画

内容が変化する動画

10人に1人の割合で起こる現象

「内容が変わる動画って、知ってる?」と、いきなり佐伯が、これまでと全く違う話題を振ってきた。

「どういう事? 再生ボタンをクリックすれば、ランダムに動画が再生されるって事なら簡単じゃん。作ろうと思えば俺でも出来るぜ」と、それまで座卓に突っ伏していた加藤が、顔をガバッと上げると、真っ正面に座っている中岡の方に向けてまくし立てた。

「まぁ、動画を用意してくれればだけど」と付け加えると、加藤はまた座卓に突っ伏した。

中岡、佐伯、加藤の3人は学生時代の友人である。ボードゲーム同好会だった3人は、ゴールデンウイークの連休を利用して約2年振りに中岡のアパートに集まり、ゲームを楽しみ、腹が減っては思い思いに食事をし、ゲームでさらに盛り上がるという至高の休日を過ごしていた。しかし、流石に2日目の深夜ともなると疲れも出てきて若干飽きてきたのか、加藤がまず寝息を立てだした。

時刻は午前3時を少し回ったところである。まだ起きていた中岡と佐伯は、仕事や共通の知り合いの事などを色々と話していたが、話題がひと段落したところで、佐伯が唐突に持ち出してきたのが、冒頭の動画の話である。

「いや、そうじゃないんだよ。ねぇ聞いてる加藤? そうじゃなくてさぁ」と、加藤の左隣りに座っていた佐伯が、加藤の耳元に顔を近づけてちょっと強めの声で話しかけたが、加藤はこれには迷惑とばかりに、伏せている顔を右側に振って佐伯から逃げるように身体をズラした。

中岡は加藤が何故先ほどの話に反応できたのか不思議に思いつつ、佐伯に右手を伸ばし「もういいじゃん、寝かせてやろうよ」と声を掛けつつ、左手を口元に持っていき人差し指を立てて「シー」のポーズで、声のボリュームを落とすように促した。

佐伯も「そうだな」とつぶやくと、中岡に向き直ると、先ほどの続きを話し出した。

「ええと、複数の動画がランダムに再生されるということではなくて、たった1つしかない動画があって、それを再生すると観る人によっては内容が変わるんだって。もちろん観た人全員に起こる現象ではなく、10人に1人の割合だとか。それでこの動画が話題になると、少なからずの人たちがトリックを疑って色々と調べたらしいよ」

この後も続く佐伯の話によれば、本当に1つしかない動画であるかも改めて疑われており、インラインフレームを使って都度違う動画を呼び出している説、プログラムを使ってその都度呼び出す動画を差し替えている説、実は別ページに移動しているがブラウザのURL部分偽装されてページ移動してないように見せてる説など、ことごとく却下されたとの事。

さらに、ブラウザに入れるプラグインがバックグラウンドで動いて、該当ページを強制的に書き換えている説が出ると、それに影響されて、利用者数の多いある定番プラグインがハッキングされて、ブラウザを強制的に書き換えているという説、ブラウザ自体がハッキングされている説まで出たが、あっという間に否定された。

そもそもこの動画は、某動画共有サイトにアップされたもので、これまでに可能性として挙げられ、ブラウザ側の話は除いた20弱の手法のほとんどは、動画サイト自体をコントロールする事が前提で、これは運営側が仕掛けた宣伝のための動画ではないか、という説がこの騒動が起きた2日目には既に主流になっていた。

ネットワークトラフィックの解析でも外部の怪しいサーバと連携している形跡がなく、全て運営が管理するサーバ内で完結している事、動画共有サイトがオープンした3年前から、あまり間を置かず動画がアップロードされている事、そして後発の動画共有サイトである事なども傍証として、運営側が手の込んだ悪戯兼宣伝をしたという見方がますます強くなった。

但し、運営側からはこの動画に対する公式見解が出る事なく、一部のユーザーからはサーバのハッキング説がそれなりに根強い人気を持っていた。曰く、現在ハッカー集団と交渉しており、サーバのルート権限を取り返すべく水面下で動いているのだと。

長広舌をふるう佐伯に、中岡は「佐伯って、こんなおしゃべりだったけ?」と驚きながら、佐伯の話が途切れるのを待って質問した。

「“観る人によって内容が変わる”って事は、“観る度に内容が変わる”という意味じゃないよね。ある人、仮にAという人物がその動画を観て、日本庭園を延々と映している内容だった場合、Aがそのあとに何回観ても、最初に観た時と同じ日本庭園を延々と映している動画になるって事でしょう」

佐伯は、中岡がきちんと話を聞いていた事に感心しつつ、「そう、そういう事」と答えた。

「じゃさぁ、それ自体がフェイクなんじゃないの? サーバの乗っ取りとかトロイの木馬とか、そういったハッカー云々じゃなくて、10人、イヤもっと少なくて3人でもいいかな、そういった仕掛け人たちが綿密に下準備をして30人、40人に成りすませば、一定の方向に話を誘導できるでしょう」と、今度は中岡が長広舌をふるい出す。

中岡は、一度観たら映像が固定化されるのであれば、動画の内容について嘘の申告をすればいいと言う。その動画共有サイトも評価やコメントが付けられるようになっているので、そこに「2人が同じ端末でたまたま動画を同時視聴したら、互いの話が噛み合わなくて…」といった取っ掛かりを載せればいい。その後は、この動画はこういう動画でしょう、違う違うこんな動画だよとコメントを増やしていけばOKと。

そのコメント欄の雰囲気を読んで、実際に観た動画と違う動画を観たとコメントするノリの連中も出てくるだろう。当然動画の内容について嘘をついているという話にもなる。そんななか、誰かが画面越しに撮影した検証動画をアップロードしたら、そこからが本番だ。切っ掛けとなる動画のアップロードは、できれば善意の第三者がやってくれた方が望ましいが、コメント欄の雰囲気や流れもあるので、やはりここは仕掛け人がアップロードする事になるだろう。

それに続く仕掛け人たちの方は、本当に内容が全く違う動画を“それ”と称しタイミングを見計らって順次アップロードしていけば、これは完成に近づく。もちろん、パソコンのディスプレイに映っている動画のURLなどは改竄されており、あたかも件の動画ページにアクセスしているように偽る。もし、CG方面にツテがあれば、実際の機器を複数台用意する必要もなく“らしい”映像を作れる。

そして、話題の最初から関わっている人というのはそう多くない。大多数は、話題になった後で好奇心を持ってアクセスしてくるが、その時は既に、巧妙に作られた偽の検証動画の情報を踏まえた上で、アクセスする者たちである。つまりは、先入観を持っている事になる。

佐伯が言及しているように、10人に1人の割合でしか起こらないというのもミソだ。10人に1人しか発動しない事、一度観たら内容が固定化される事、この2つの条件と偽の検証動画によって歪められた認知は、本来の動画を観て、というか実際は本来の動画しか観られないのだが、それを観て「外れた」としか思わず、ある意味正解と認知されている「選ばれし者が観うる動画」は、“検証動画”でいつでも観られるため、多くの人々の思考はそこで止まる。

一種の社会実験。確証バイアスなどについて、調べているのかもしれない。

これなら、必ずしもサーバを操作できる事が必須条件ではなくなる。何しろシステム側をいじる必要はないから。あとは動画そのものよりも、佐伯が言っていたような、同一ページで複数の動画を見せる技術的な方法や、動画の配信の仕組みなどに話を持っていけば、技術的な論議に加われない多くの者たちはそこで脱落するが、分かりやすい“検証動画”は残っているため、話は一人歩きをはじめる。

「──最初にそれ自体がフェイク、と言ったのはそういう事。必須条件ではないはずの複数の動画を配信する方法や、サーバを操作する方法を皆は論議しているが、それ自体が…という話。ただ、この方法だとCGを作るのに、結構カネが掛かるかも」と、中岡は結んだ。

「おお、凄い! パチパチッ──」と、再び加藤が顔を上げて拍手の真似をしながら、中岡に言った。

中岡の話に聞き入っていた佐伯は驚いたように加藤を見て「なんだ起きてたのかよ」と。

「うとうとしてたんだけど、佐伯の話の後半からは何となく聞いてた。ところでさ、佐伯はその動画を直接観た事あるの?」と、加藤は聞いた。

「いや、観たいと思って色々検索したんだけど、ヒットするのはそれを騙った偽動画ばかりでさぁ。なんか、中岡の説の方が信憑性あるかも。うん、あぁ偽動画というのは、仕掛け人だっけ、その連中が用意した偽の検証動画のことじゃなくて…」

「大丈夫、分かるよ」と答えた加藤は、軽い口調でこう続けた。

「だって、俺もそのプロジェクトに関わってたから、偽の検証動画も拡散させたし、本物と偽った動画も拡散したし」

「はっ!?」驚く、佐伯と中岡。

「中岡の言うとおり、実験なんだよ。例の動画の本物といっていいのかな、それは40年前くらいにあった『リング』ってホラー映画の中で見せられる動画みたいなヤツ。ちょっと不気味で、断片的な映像をつなぎ合わせたものになっている」

得意げに語り出す加藤は、さらに続けた。

「ある財団がバックにいて、俺が関わっていたこの実験以外にも、そういう情報操作の実験を色々としてらしい。なかには結構危険なものもあったんだって。ナノマシンのバグを突いて、映像の明滅とある特定の周波数の音を映像に忍び込ませ外部から強制的に操作…あぁ、あとは守秘義務があるんで」と、しゃべりすぎたと思った加藤は、口にチャックをする仕草で慌てて口を閉ざした。

しばらく唖然とした表情で加藤を観ていた佐伯は、加藤の掌で踊っていたような、馬鹿にされたような気がして、なんとも言えない憤りが湧きつつあった。中岡は、佐伯が怒っていることを感じ取り、ヤバそうだなと警戒していた。

そういったピリピリした空気を感じ取ったのか、加藤は慌てて閉ざした口を開いた。

「──じゃ、2人にその動画を観てもらおうか」と言うと、スマホを取り出しブラウザを起動させ、ブックマークしてあるいくつかのサイトの中から、迷う事なくある動画をタップした。

憮然とした表情ながらも、好奇心には勝てない佐伯は、加藤から差し出されたスマホの画面を覗き込む。中岡も佐伯がいる右側に身体をズラすと同じようにスマホを覗き込んだ。

スマホの画面にはプログレスバーが一瞬表示され、すぐに動画がはじまった。

ここで中岡は、埒も無い事が頭をよぎった「加藤が本当の事を話している保証は…」と。

これはフィクションです