ドラゴンタトゥーの都市伝説
悪貨は良貨を駆逐する
タトゥーが動く、動くタトゥーとして一世を風靡したのも今や昔。
磁性体インクと形状記憶流体ナノマシンの組み合わせで彫られたタトゥーは、元々のハードルの高さと、未熟で悪徳な業者の横行によって、あっという間に廃れたらしい。そんな動くタトゥーであるが、このタトゥーにまつわる都市伝説をひとつ紹介しよう。
その都市伝説とは──
プログラミングされた形状記憶流体ナノマシンが体温に反応して、真皮に滞留している磁性体インクをある一定の方向に誘導し、模様を形作るのが動くタトゥーの正体である。しかし、タトゥーを入れる前に最低でも1年、その範囲を覆うように専用のセンサーシートを貼る必要がある。このシートが1年かけて取得する体温の変化、表皮や真皮部分の精密な厚さ、筋繊維の流れや動きなどの詳細なデータによってはじめて、動くタトゥーは動くタトゥーとして機能するのだ。
しかし、金儲け主義の悪徳業者に掛かれば、新技術の開発によりリサーチ期間を1年から3ヶ月に短縮と謳い、各種データの検査や解析も予め用意された使い回しの“らしい”映像と資料をタトゥー希望者に見せるだけで済ます。もちろん、使用する形状記憶流体ナノマシンも、これ専用に開発されたものではなく、医療用に広く出回っているものを数種類ブレンドして、ファームウェアを強制的に書き換えて使っていた。
この結果、仕上がり直後はもっともらしく見えるタトゥーも、僅か半年も経たずにインクが滲み擦れ、肝心の“動き”の方も想定していたものからどんどん外れていき、意味の成さない模様になる事が常であった。
なかには、こういったランダムさを敢えて求める酔狂な連中もいたが、ナノマシンの杜撰な管理によって別種の炎症や、皮膚の下を虫が這い回る「寄生虫妄想症」に似た症状を引き起こすなど、様々な問題が起こった。
彼(仮にA氏としよう)は、そんな悪徳業者に引っ掛かり、粗悪な「動くタトゥー」を彫った一人である。
このA氏、左の二の腕に彫ったドラゴンのタトゥーは、予定では口を開き炎を吐く動作をするはずだったが、実際には、口を開きはするものの口から出るのは、炎ではなくネバついた“痰”にしか見えない何かであった。
タトゥーを彫った業者はというと、粗悪なタトゥーを彫っている事が予め分かっているので、作業自体は偽装したトレーラー内で行い、トラクターを連結すれば直ぐに移動できるように用意してあったため、作業が終わるや麻酔から覚める前のA氏を道ばたに放り出し、あっという間に逃げ去った。
怒れるA氏、その業者を必死で探すも見つける事ができず、さらに肝心のドラゴンさえも、段々形が崩れてきた。そして約3ヶ月後、自分の二の腕に酔った勢いでフォークを何度も突き刺した。さらには電子レンジのコードを引きちぎり、銅線をむき出しにすると二の腕に巻き付け、おもむろにプラグをコンセントに差し込んだ。
幸いな事に感電死する事はなかったが、A氏は暫く気絶しており、気絶から覚めると、焦げ臭い臭いと床に飛び散った血痕、さらには二の腕の惨状を見て慌てて救急車を呼んだ。
退院したA氏は、入院中は見ないようにしていたタトゥーに、ある変化が起きていたことに気づく。ドラゴンだったそれは、いつの間にか細長い蛇のような生物に変わっていた(註:ここでいう「ドラゴン」というのは、いわゆる西洋のドラゴンであり、東洋・主に中華圏の龍、竜の形状とは違っていたものが、まさに龍・竜のような形状になったものと思われる)。
さらに“動き”の方も、一定の動作を繰り返すものではなくなっており、二の腕から徐々に肩に移動する“動き”に変化した。タトゥー部分を意図的に冷やしても、元の位置には戻る事がなかったという。
この現象に気づいてからのA氏は、時折襲う左腕の激痛に悩まされる事になる。一応、医者に診せたりもしたようだが、自分でフォークを突き立てた時に神経を傷つけたのだろうと言われるだけであった。もちろんA氏は、そうではないと強く主張し、他の医者にも診てもらったが、原因が原因だけに自業自得という事で、次第に何処からも相手にされなくなっていった。
月日は流れ、A氏が自傷行為をしてから2年が経とうとした時、あるアパートで、隣の部屋から異臭がするという苦情が管理人の元に寄せられた。管理人が異臭のする部屋に何度も呼びかけ、応答がないのを不審に思い警察に通報し、警察がその部屋に入ってみると、そこにはA氏の腐乱死体があった。
そこからはお決まりの対応で、不審死という事で司法解剖が一応なされたが、「事件性なし」と云う事で片付けられることになった。死因は心不全だった。
尚、解剖所見を詳しく見てみると、A氏の左の二の腕には生前にフォークで付けた傷跡は残っているだけで、左胸部にタトゥーの痕跡があるとなっており、タトゥーの痕跡があった部分から身体の内部、つまり心臓に向かって磁性体インクの染みが広がっていたとの事。もちろん心臓の表面はそのインクで覆われていたらしく、見ようによっては、蛇が心臓に絡みついているようであったと備考欄に書かれていたという。
これはフィクションです
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